18歳の春、

高校まで過ごした十勝を離れ、進学のために初めての東京へ。


時は1986年、バブル絶頂期。
日本経済の中心地・東京は全てが右肩上がりで、

成長を信じる人の根拠なき自信と熱気で満ち溢れていました。
見るもの、触れるもの、新しい友だち…。

田舎から出てきたばかりの私にとっては、何もかもが新鮮で、初めての体験がばかり!
刺激的で楽しく、浮かれた日々を過ごしていました。

 

一方で溢れかえる情報と、それに踊らされる人々、

見栄の張合いや、プライドをかけた小競り合いがあちこちにありました。

 

私は…といえば、田舎から出てきたと悟られないよう必死で、

精一杯の背伸びをしていました(それでもすぐに田舎者だとわかったでしょうに)。

 

ストレスという言葉を初めて自覚したのもこの頃でした。


東京に出て1年半、待ち遠しかった19歳の夏休み。

都会の色をまとって帰省した私を、父が「とかち帯広空港」まで迎えに来てくれました。

 

とりとめのない話をしながら、実家のある浦幌町へ向かう道中、

ジェットコース―ターのようにアップダウンが続く道の頂上から見た景色を、今も鮮明に覚えています。

遠くどこまでも続く広い空、広い畑を見ながら、

大きく息を吐き出し、ふとこう思ったのです。

 

「この大自然の前では私、なんて無力なんだろう。

 人間の悩みや営みって、なんてちっぽけなんだろう」と。

 

都会に出て、外見を飾り、本質の大切さを見失って、

自分を過信しはじめていた私にとって、十勝の自然は大きな示唆を与えてくれました。


この時の気持ちは50歳になった今でも時々思い出し、自分を奮い立たせる大切な材料。

あの時気づかなければ、ここまで頑張って来られなかったかもしれないな…とさえ思います。


いつも空港まで迎えに来てくれていた優しい父が他界し、

今は時々、あの道を自分で運転して通ります。

 

その度にあの日父が言った

「人は自然の前で、謙虚でなければならない」という言葉を思い出します。

 

あの夏の日は、私の人生で大切な大切な一日となりました。

 

 

 

 

 

( 絵 / Midori Kambara )

 

 

 

 

 

 

北村貴(きたむら たか)

 

食と地域のマーケッター

(株)グロッシー 代表取締役

「フードソムリエ」「料理家ネット」主宰

一般社団法人日本味育協会 理事

 

1967年、十勝浦幌町生まれ。石油メーカー、マーケティング会社勤務を経て、1997年日本で2番目となるITマーケティング会社(株)マーケティングジャンクションを起業。

その後、2005年に北海道にUターンし、2007年に(株)グロッシーを創業。「毎日のテーブルにストーリーを」をテーマに、全国の料理家350人や生産者と食が創り出す豊かな生活を提案。また大手メーカーやレストランの商品開発、PRを手掛ける他、全国の自治体や地域に根付く企業とともに様々なビジネス活動を行っている。

2015年には一般社団法人日本味育協会を設立し、理事に就任。「味覚」をテーマにした食育事業を展開。現在、北海道十勝と東京で2地域居住中。

 

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