「あなたのことが好きだから会いに行きたい」と思ってもらえる、“あなた”になりたい

 

「好きだから来ちゃった」と言う彼女。鬱陶しい? かわいらしい?

 

いずれにせよ、誰かを好きであればその人のことをもっとよく知りたいと思うし、「あなたのことをもっと知りたいから、来ちゃった」なんて展開も全然アリじゃない、とわたしは思っている。自然なことではないのかな。

 

というのも、“あなた”と言っても、それは人じゃない時もあるわけで。

 

“あなた”は、ある時は友達や恋人、家族。

 

さらには、文学だったりアートだったり歴史だったり、誰かのささやかな暮らしのあれこれだったりする。

 

“あなた”となる対象は、なんでもいい。いればいるほど、あればあるほど、わたしの好奇心はくだものみたいに大きくなって、知れば知るほど熟れていく。でも、同時に知らないことも知りたいことも芋づる式に増えていく。だからなかなか、お腹いっぱいにはならないのだけれど。

 

人の好奇心や愛着は、距離も文化の違いも越えていく、と、わたしは信じてやまない。それはおそらく、わたし自身が何歳になっても自分の「好きだ」という気持ちに突き動かされて、あちこち飛び回らずにはいられないたちだから、なのかな。

 

──けれどだんだん、自分が会いに行くだけではなくて、わたしもその“あなた”になりたくなった。

 

一人で遠くへ行くことは簡単。毎日が「思い立ったが吉日」みたいなものだから。

 

だけど、もしかしたら遠くから人を呼び寄せることの方が、むずかしいかもしれない。

 

誰かを受け入れるのに、一人では限界があるから。わたしの意思ひとつでは、どうにもできないことばかり。

 

むずかしいけれど、わたしがその“あなた”になれば、もっと密度の高い“好き”を持つ人と出会えるかもしれないし、わたしの好きなことも拡張されてゆくかもしれない。

 

物理的距離も言葉や文化の違いも越えて、「好きだから会いたくて来ちゃった」と誰かが追いかけて来るような何かを、わたしも創りたい。

 

できるなら、何も言わずとも人が集まるような大都会や地域ではない、できるだけ遠く離れた所で。

 

そう、思い始めた数日後。突然舞い込んで来た「北海道下川町へ来ませんか」という、お誘い。

 

下川町。知らない。

 

北海道も、行ったことがない。

 

でも、知らないから、行ってみたい。

 

誰かの「好き」を射抜く、新しい“あなた”を、そこでつくってみたい。

 

北海道は、生きる未来を求めて集まって来た人たちが、切り拓いた場所。約150年前に、初めて北海道の大地に足を踏み入れたご先祖様を、まだ覚えている人も多い。下川も1901年に開拓の鋤が入れられてから、時代の荒波に飲まれながら生き残ってきた、森に囲まれた、北の町。

 

そのためか、わたしも歴史の末端に参加しているという生々しさが、地元や東京にいた頃とはケタ違いに迫ってくる。

 

文化が醸される、その過渡期で、誰かの好奇心を呼び寄せる場をつくる──それは大きな時の流れから見たら、取るに足らないことかもしれない。けれど、歴史の教科書には載らないような名もなき人が、新しい人を呼び寄せる力こそ、暮らしの土壌を築いてきた。

 

だったら、わたしの好奇心が、誰かの人生を引っ張り上げることだって、あるかもしれない。ひいては、それが北海道の歴史の一部を担うことが、あるかもしれない。なあんて、大きなことを考えたり考えなかったり。

 

「あなたのことが好きだから、会いたくて来ちゃった」。

 

北海道下川町という小さな町の今、ここで、そんなふうに言ってもらえる日を夢見て、わたしは今日も日々をつむぐ。

 

 

( 絵 / Midori Kambara )

 

 

 

立花実咲(たちばな みさき)

 

編集者

 

静岡県富士市出身。東京女子大学日本文学専攻卒業。ウェブ、雑誌、書籍などで編集・執筆を行う。ウェブメディア「灯台もと暮らし」を仲間と立ち上げ運営中、ご縁があり2017年5月より北海道下川町に移住。演劇やダンスをはじめとする舞台芸術と読書、散歩、旅、文化人類学について学ぶのが好き。

 

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