登別発・北海道産小麦・無化調・地産地消

 

いまから25年以上前、東京に営業に赴き量販店やスーパーを視察した折のこと。弊社と同じような規模の北海道の小さな製麺所が製造した、『北海道産小麦100パーセントのうどん』が販売されているのを見かけて、少なからず驚いたことがあります。当時、自分の会社ではどうだったかというと、外国産小麦のみで、北海道産小麦はまったく使用していませんでした。

 

たしかにその頃の製麺業界において、北海道産の『ちほく小麦』という品種を推奨する積極的な動きがありましたが、その『ちほく小麦』を30パーセント使用すれば『北海道産小麦使用』と表示できるというので、それが気に入らず、あまり力が入らなかった記憶があります。なぜ30パーセントだったのかというと、『ちほく小麦』だけで製麺すると色がくすんで黒っぽく、なおかつコシと弾力が出ないため、外国産小麦と混ぜる必要があったからです。『うどん』の食感は外国産小麦が基準で、色が白くコシと弾力がないと、消費者から認められなかったのです。

ところが、100パーセント北海道産小麦で『うどん』を作り、東京で販売している製麺所があった。これは、衝撃でした。

 

弊社が北海道産小麦を使った麺づくりに力を入れるようになったのは、この時の一件がきっかけです。さらに、北海道は小麦の生産量が日本一なのに、北海道に根ざす自社でまったく使用してこなかったという反省もありました。

 

とはいえ、手探りで試作を繰り返しましたが、当時の自社の機械設備では限界があり、1997年に最新鋭のラインと真空ミキサーを導入しました。弊社のような小さな工場では、ふつうは設備しないほどのラインです。その投資が奏功して、うどんについては、なんとか北海道産小麦100パーセントで満足いくものができるようになりました。

 

うどんの次に取り組んだのが『生ラーメン』です。

 

ところが、その当時入手可能な小麦の品種では、これがどうがんばってもうまく作れない。色がくすんでコシがなく、すぐ伸びる。これには参りました。特に、冬の北海道は気温が低く、麺帯ががぼろぼろになってつながらないのです。夜、機械に『電気毛布』をかけて温めていた時期もありました。

そんな試行錯誤を繰り返しつつ技術力を蓄積している間に、北海道産小麦も新品種が育種され多様化が進んでいきました。そして、製粉会社と協働で研究を重ね、品種を数種類混ぜてオリジナルの配合にしながら、なんとか『生ラーメン』もカタチになっていったのです。

 

こうして苦労の末に世に送り出した『生ラーメン』でしたが、道内のどこのラーメン店、食堂でもまったく扱ってくれませんでした。北海道産小麦の特徴である独特な味と香りに加え、色がよくない、コシがない、すぐ伸びるなどなど…。色白でモチモチとした食感の外国産小麦に、すっかり慣れてしまっていたのです。

そこで、2001年に自社のアンテナショップとして、登別市内の『ぷらっと・てついち』ショツピングモールに、ラーメン店『鉄平』を開店させました。『北海道産小麦・無化調・地産地消』がテーマの店とし、そこでノウハウを蓄積して製麺方法を改良し続けました。

それから16年、おかげさまで、今では自社製の北海道産小麦の生ラーメンを使用してくれる店が、徐々に増えてきています。

 

ところで、なぜ『無化調(化学調味料不使用)』にこだわるかといいますと、化学調味料は否定はしませんが、ラーメン店や飲食店が使いすぎで、多いところではカレースプーン一杯分、さらには、市販されている複数の化学調味料を混ぜて使用しているところもあるぐらいです。

このように、あまりにもブイヨンやタレにコストをかけずに適当に済ませるところが多く、それに反発しての『無化調』なのです。

『鉄平』のオープン当初は、「北海道産小麦だからコシがない」とか、「無化調なので最初のインパクトがない」とか「旨味が感じられない」だとか散々いわれたものですが、今となってはそれが普通となり、わざわざ遠方からもお客様が足を運んでくれる店となっています。そして、そこから得たノウハウを駆使して、北海道産小麦の品種改良や、無化調のタレの開発ができるようになってきました。

 

現在、弊社の製品生産量の約90パーセントが北海道産小麦と北海道産蕎麦を原料としています。小麦粉『きたほなみ』、『ゆめちから』、『つるきち』を使い分け、蕎麦は各地方の産地のものを使い分けています。

 

一方で、地元登別産の牛乳を使った『カステラ』や、前出の『ゆめちから』を使用した『閻魔(えんま)焼そば』など、温泉と酪農の町・登別らしい商品開発にも力を入れています。

 

これからも、農家と消費者をつなぐ橋渡し役として少しでも貢献できればと思っていますし、素晴らしい北海道産の小麦と蕎麦を、もっともっと皆さんに味わっていただきたいと願って止みません。

 

 

( 絵 / Midori Kambara )

 

 

 

 

泉田 覚(いずみだ さとる)

 

株式会社望月製麺所 取締役会長

 

室蘭市出身、1954年生まれ。

地元の小中学高校を卒業し、東京のプロダクトデザインの学校で4年学ぶ。 

卒後後、旭川インテリアセンター(現・カンデイハウス)入社。

結婚と同時に妻の家業である株式会社望月製麺所に入社し、現在に至る。

 

田舎に住みたいためと娘3人を僻地校に通わせたく、30年前に農家資格を取得。現在でも兼業農家。

いまはホップを作り、地元のホップで地ビールを作るプロジェクトを遂行中。

 

株式会社望月製麺所ウェブサイト ⇒ http://www.mochizuki-seimen.com/

 

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