北海道好きの知人は多い。この原稿を書いている今も、友人がキャンピングカーで1週間、道東の旅に行くと言って出かけていった。

彼らは僕が札幌出身だと知るときまって「帰らないの?」と聞いてくる。

そこには「なぜ」が無音でついてくる。

「せっかく素晴らしい故郷があるのに」もニュアンスに追加される。

両親の墓を東京に建ててしまった身としては、いつも返答に困る。

 

祖父が北大で働き、北大近くの桑園に住んでいたので、

家を訪ねては、裏の踏切をこえて北大の構内でよく遊んだのを覚えている。

札幌南区の真駒内に移り住んだときは、

家のすぐそばのエドウインダン公園が、お気に入りの場所だった。

その後、僕は江別の大麻団地に引っ越し、

今度は百年記念塔のある野幌森林公園が放課後の遊びの拠点になった。

 

18歳で上京して以来、

東京生活が長くなってしまった僕にとっての「北海道」は、

ほぼこの3つの場所を指す。

大人になり帰省のたび、時間があれば時々訪れるほど好きな場所でもある。

 

考えてみれば、3つの場所は、どこも北海道開拓の歴史とゆかりがある場所だ。

 

国内外の英知を集め北海道発展の基礎を築き、

その後日本の近代化にも寄与する人物を多く輩出した札幌農学校。

北海道に開拓使の招聘で牧畜と獣医学を伝えにやってきたエドウインダンの牧場跡、

そして開拓の百年を記念し、次の100年の発展を祈念して建てられた記念塔・・・。

 

記念塔は1970年竣工、札幌オリンピックが2年後の1972年に開催され、

それにあわせて、札幌は地下街や地下鉄が次々と開発された。

その時の町の熱気は、

開拓時代の人々の誇りや昂ぶりの残り香だったかもしれない。

少なくとも僕にとって3つの場所は、当時

その昂ぶりを伝えてくれるキラキラした眩い場所だった。

 

最近も仕事で札幌に行く機会があり、急に思い立ち3つの場所を訪ねた。

40年前とあまり変わらない、いつもの感覚。

東京では感じられない草木のにおいとまっすぐな太陽の光、

東京仕様の狭さになれた身体が、突然解き放たれるような広々とした空間。

いつもの懐かしい感触。

だが同時に、年々訪れるたびに、少しづつだが、

なにかが沈み込んでいくような不思議な感じも覚える。

 

自分が歳をとったからなのか、東京の生活にやや疲れ気味なのか定かではないが、

あのキラキラした感覚ではなく、

攪拌された結晶が沈殿していくような、落ち着いていく感覚。

 

開道150年、150歳になって北海道は大志を抱いた青年期をとうに過ぎ、

成熟しつつあるのかもしれないが、それでもまだ「たった150年」ともいえる。

日本の他の地域は、千年、2千年という時間の堆積の中で

社会と文化を醸成してきたとすれば、

150年という時間は、まだ思春期のはじまり程度のものだろう。

 

なのに、なぜ老年期のような落ち着いた印象が町に残るのか・・。

もちろん少子・高齢化の影響は否めないが、それだけではない気がした。

 

次の150年に向けて、様々な取組みが始まっていることは知っている。

INBOUND観光の促進はもちろん、ドローンを活用した新しい農業モデルの実験、

海外への道産ブランドの輸出拡大、2026年に札幌オリンピックを再誘致する活動、

などなど。

 

どれも素晴らしい未来への取り組みだし、

僕も少しお手伝いしている部分もある。

 

ただ、3つの場所を訪ねるとき、

ふと、150年前、この未開の大地に集まった先人の

大きな夢やその熱量を、今も引き継いでいるのだろうかと自戒を含め思ってしまう。

彼らは、本当は、日本はもちろん世界にも類のない、

まったく新たな理想郷をこの地に夢見たのではなかったのか、と。

もしその熱量が150年の間に、人肌の温もり程度になっているとしたら、

その熱量をどう継いでいけるのだろうか?と。

 

かなりのちになって僕は知るのだけど、

エドウインダンが国から招聘され、

羊100頭をつれて日本にやってきたのは、24歳の年だった。

(史料によれば24歳で来日。東京から函館滞在を経て札幌の地に来たのが、

28歳だそうだ)

つまり明治政府は、日本の牧畜産業の未来を、

弱冠24歳の米国人のいち青年に託したことになる。

 

地域活性や観光資源開発の世界では

「よそ者」「ばか者」「若者」の3者が必要とよく言われる。

地元の熱気ある「若者」と、

慣例や周囲を気にしない自由な発想をする「ばか者」と、

外部から登場し、外からの目線で参加する、「よそ者」だ。

北海道はまさに、郷里を捨てて新天地に向かった「若者」、「ばか者」と、

外国からの「よそ者」が、一緒に夢を見た大地なのだと思う。

 

ならば、次の150年に向けて、もう一度「24歳のエドウインダン」を

日本中、世界中から招聘することはできないだろうか、と思ってしまう。

150年前は政府が主導したけれど、今はSNSやクラウドファンディングなど、

民間でできる方法はいくつもある。

道産子の熱量の高い「わかもの」、「ばかもの」は、

このサイトオーナーの小笠原さんやその周りにたくさんいるはずだし、ね。

 

百年記念塔は、老朽化改修工事で今は立ち入り禁止なのだそうだ。

願わくば改修だけではなく、もう一度150年前の熱量を次の150年に伝える

「夢追い人たち」のシンボルとなってほしい。

道産子とよそ者が共創し、共存して大きな夢を追える大地としてのシンボルに。

 

 

(絵 / Midori Kambara )

 

 

 

大庭広巳(おおば ひろみ)

 

株式会社OBAS 代表取締役

 

1959年 札幌生まれ 早大法学部卒。

CIコンサルティング会社PAOSを経て1984年株式会社リクルート入社。

じゃらん創刊準備リーダーとしてメディア設計、創刊後、じゃらん関東・関西・九州版兼任編集長。

その後電子メディア事業部編集長を兼務し99年リクルートのポータル事業ISIZE編集長、2000年にはリクルートと米国About.comとのJV立ち上げに参画、取締役&COOに就任。(現在の株式会社オールアバウト)。

04年より独立、㈲大庭広巳事務所(現・株式会社OBAS)を設立。

数多くの新規事業開発、デジタルマーケティング戦略立案等のコンサルに従事。

元「大人のいい旅北海道」編集長。新潟アンテナショップネスパス館企画委員、広島県観光ブランド開発会議委員などを歴任。

 

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