パンがある現場に出向き、パンの魅力を伝える“パンコーディネーター”が私の仕事である。

 

パン職人はもちろんのこと、業界の様々な関係者にお話を聞く機会に恵まれる中で、一番印象に残っているのが北海道産小麦の品種「ハルユタカ」の話である。

 

30年ほど前、江別市にある江別製粉株式会社の安孫子社長(現会長)は、「安全な原材料で安心して食べられる“国産小麦”でパンを焼きたい」という主婦たちの願いに応え、当時誕生したばかりのハルユタカの小麦粉を推薦した。

 

当時のパン用小麦粉といえば外国産のものが主流で、北海道産は主に麺用に使われていた。ところが、ハルユタカは麺用に開発されたにも関わらず、その成分が従来の北海道産小麦よりも高タンパクなため、「パンにも向くのではないか」とパン用としても使われたのが、物語のはじまりだった。

 

当時、家庭製パンの教本を出版する目的で、おいしい国産小麦を探していたパン講師が「ハルユタカ」でパンを焼いたところ、「香りがよくて、おいしいパンになる」と高く評価した。

教本の巻末に国産小麦が買える機関として江別製粉も掲載され、この頃はじまった「代引き宅配」と「フリーダイヤル」のシステムに後押しされて、全国の読者からの問い合わせや注文が殺到した。

 

それまで消費者にとっては、パンといえば「見た目が白くて、十分に膨らんだふわふわした食感がよい」とされていたが、ハルユタカで作ったパンは、見た目はやや黒みがかっていて、膨らみが足りなくどっしりとして、もちもちとした食感だった。

この個性がむしろ「おいしいパン」と評判になり、やがて町のパン屋が「北海道産小麦ハルユタカのパン」とのぼりを掲げて販売するようになった。

 

しかし、ハルユタカには大きな欠点があった。

春に種を蒔き、芽を出し、実をつけた夏の収穫前に雨にあたると穂発芽(穂に実った種子から芽が出る現象)を起こし、品質が低下するため、収穫量が激減して不作になるのである。

このことから、収穫量が見込めない作物を敬遠する生産者が増え、やがて生産の危機を迎え、ハルユタカは「幻の小麦」と称された。

 

一方で、消費者の間ではハルユタカ人気が高まっていた。

「なんとしてもハルユタカを諦めたくない」と、ある生産者の発案により、栽培方法を春蒔きから初冬蒔きにして収穫量の安定に向けた対策がとられた。これが功を奏し、前年の3倍の収穫量になったのである。

 

ハルユタカの誕生をきっかけに、後発の小麦品種は耐病性に優れ、収穫量の多い、製パン性に優れた小麦の品種改良が進み、様々な種類の北海道産小麦が世に送り出された。

近年、国内の小麦生産量の約70%を占める北海道産小麦には、品種によるそれぞれの物語が語り継がれている。

 

現在のパン業界全体が先人の想いを受け継ぎ、パン職人が生産の現場を訪れ、生産者と交流する時代になった。

パンの作り手と消費者が小麦の収穫に感謝するイベントが開催され、パンは農産物であることを意識し始めている。

フランスにバゲットやクロワッサンがあるように、イタリアにフォカッチャがあるように、北海道の風土と文化に根付いた北海道ならではのパンが誕生する日も遠くないと、期待に胸が弾む。

 

 

( イラスト / Midori Kambara )

 

 

森まゆみ(もり まゆみ)

 

パンコーディネーター

(日本パンコーディネーター協会認定パンコーディネーターアドバンス)

(株)パンニュース社ライター

 

岩見沢市出身。“パンと人を繋ぐ”をテーマに、パンと共にあるライフスタイルを提案。また、パンとその背景にある様々を取材し、専門誌やテレビ・ラジオなどの媒体、講演会やパン講座でその魅力を発信。パンイベントの企画・コーディネート、ベーカリーアドバイザーとして活動の場を広げる。

 

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