お皿のこっち側とあっち側

 

“食べて、書く”という仕事を、もう随分長いことしている。

 

料理のおいしさはもちろんだが、お皿の「こっち側」と「向こう側」のつくり手の存在をいつも気にしている。

 

こっち側とは、料理人のこと。なぜこの食材を選び、このひと皿に紡いだのかという気持ち、考えを知りたくなる。その思いにふれると、今度はお皿の向こう側、つまり食材を育む生産者、加工を手がける職人の気持ちも知りたくなる。料理がおいしければおいしいほど、双方の思いが気になるのだ。

 

もっといえば、こっち側と向こう側のつくり手の思いを取材できるのは、生産地と消費地が隣り合う北海道だからできる仕事だと思っている。北海道は生産者と料理人の距離が近く、互いの現場を見、食べ、意見を交わし、二人三脚でより良いものを目指している。今の北海道の食のシーンは、面白いところに来ている。

 

そんなこっち側と向こう側のつくり手の思いに、食べ手の笑顔は自然と呼応するものだ。おいしいものがある風景には、目には見えないけれど、心がやさしくふれあうような、そんな空気を感じる。その場にいると心地よく、そういう部分を書いていきたいと思っている。

 

いろんな食の現場にうかがうが、特に、自然の中で工夫を厭わない生産者から学ぶことは多い。そんな生産者のみなさんを、私は愛を込めて“つくりびと”と呼んでいる。

 

これまで出会ったつくりびとは、とても大らかで自然体。確かに苦労が多く、厳しい局面の連続だろうが、くどくどした苦労話は出て来なく、「自然相手の仕事だから、いちいち心が折れていたらやっていけない」と、素敵な笑顔でいろんな話を聞かせてくれる。

 

費やしてきた時間や汗、想いが、台風、冷夏、長雨、北海道特有の爆弾低気圧などで、ある日一瞬にして吹き飛んでしまうことがある仕事だ。理不尽さと背中合わせの仕事だからこそ、自然に抗わず、でも寄り添い共存する道を探りながら、前を向いて歩いていく。力みはないけれど、どこか頼もしい。そういう生きざまが結果、味わいにも表れ、心を動かすおいしさが育まれることを、取材を通して実感してきた。

 

どのつくりびとも印象深いが、おひとり挙げるなら、エゾシカ撃ちのハンターになった道東・白糠(しらぬか)町の酪農家、松野穣さんと一緒に猟に出た取材は、得難い貴重な経験となった。

 

北海道ではエゾシカによる農産物の食害が大きな問題になっていて、松野さんの牧場でも牧草地の被害が相当な額になっていた。さまざまな策を講じたが収まらず、松野さんは銃を持つ決心をした。単なる駆除ではなく、エゾシカの肉を卸すハンターになった。

 

射止めたエゾシカは捌き場(解体所)に運ばれ、いち早く解体される。そうしないと、肉が蒸れ、味が落ちるからだ。後ろ脚を吊るされたエゾシカの皮に、松野さんがナイフを入れる。すると、ふわぁっと湯気が上ったのだ。ほんの少し前まで生きていたことを示す生命の温もりが、捌き場の冷たい空気に混じり消えた。もっとグロテスクな場面を想像していたが、まったくの杞憂だった。そこには命と真剣に向き合う緊張感、厳かな空気感に満ちていた。

 

我々の顔も知らない遠い先祖も、獲物から糧を得てきたはずだ。だから、いま私たちはここにいる。狩猟の鳥獣肉に限らず、家畜も魚も野菜も、人間は何かの命を自分の中に取り入れなければ生きてはいけない。いただく命ならば、感謝しておいしく味わうのが礼儀。食事を楽しむことは、人間だけの特権なのだから。

 

人間の大切な根っこの部分に、あらためて気づかせてもらった時間だった。

 

「よりおいしく」と撃ち方、捌き方を工夫した松野さんとその仲間によるエゾシカ肉は、北海道や首都圏の有名レストランへと送り出される。料理人たちもその思いに応え、「命を無駄なく使いたい」と、定番のローストだけではなく、パテやソーセージ、ソースにも余さず生かしている。

 

エゾシカ肉の特徴は、赤身の旨味。柔らかな肉を噛むごとにじゅわ~っと溢れ出る旨味を、ぜひ味わっていただきたい。意外なところでは、カラッと揚がった熱々のカツレツ、薄切り肉でわしわしと楽しめるすき焼きもまた、旨いのなんのって。あ、書いていて涎が…。

 

お皿の上の料理だけではなく、こっち側、向こう側の物語にも興味を持つと、北海道の食はさらにおいしく膨らむ。さぁ、今夜は何を食べましょうか。

 

 

(イラスト /  Midori Kambara)

 

 

小西由稀(こにしゆき)

EZOBITO編集部

フードライター

 

北海道室蘭市出身。

寿司屋の長女に生まれ、エンゲル係数の高い家庭で育つ。出版社を経て独立。北海道の食の現場を取材し、各媒体で執筆するフードライターに。読売新聞、北海道新聞、財界さっぽろなどに連載。著書に「おいしい札幌出張」シリーズ、「食のつくりびと」などがある。体重が増えるのは仕事熱心な証拠。職業病だと言い張っている。

 

 

 

 

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