

梅田修平(うめだ しゅうへい)
株式会社北海紙工社 営業企画部 部長
1986年、札幌生まれ札幌育ち
大学進学を機に上京。
在学中に音楽レーベルでのインターン、広報誌編集などを経験。
編集プロダクション、映像制作会社などに勤務したのち、2015年に家業を手伝うためUターン。
クリエイティブ業界での経験を活かして、印刷物やパッケージなど企画の段階からアイディアを出してプロデュースすることに喜びを感じている。
株式会社北海紙工社
こんにちは。
小さな印刷関連業の家業で働く梅田修平といいます。
ふだんは営業やたまに企画などをしながら、紙の魅力とはなんだろうかと考えながらすごしています。
私の働く北海紙工社は北海道石狩市で“打抜(うちぬき)”というクッキーの型抜きのような加工が得意技。
1枚の平面である紙を打抜で特殊な形にカットして、折スジをいれて紙箱にする。そんな作業をする工場です。
真面目な従業員たちのおかげで小さいながらも創業91年を迎えることができました。
とはいえ、斜陽産業といわれる印刷業界の現実は厳しいのもまた事実。
コロナ禍でイベントや観光土産のパッケージの減少など影響も大きく、どうしたものかと考えあぐねる日々です。
ですが、最近では“紙もの好き”“文具女子”なんて呼ばれる人たちが現れるほど、紙や印刷加工の面白さが見直されているのをご存知でしょうか。
ふつうノートといえば1冊100円ほどが相場。
ですが、書き心地と風合いのよい紙を使い、製本加工やデザインなどにもこだわると、それが1,000円でも2,000円でも売れる。
見る目が確かで、お気に入りのものは欲しいと思ってくれる人がいる世界です。
同じ紙を扱うものの、何円何銭の作業をしている私は衝撃を受けました。
そして、“紙もの”を集めたイベントが百貨店で開催され、印刷加工専門の雑誌が完売するなど、注目度が高まっているのを肌で感じています。
たしかに、こだわりの趣味と考えると比較的お手頃にコレクションを楽しめて、さらに実用性もある。
夢中になってしまう人が多いのもうなずけます。
かくいう私も資料集めで文具店に行くと、ついついアレもコレもと財布の紐が緩んでしまう・・・楽しい悩みが増えました。
下請けの仕事がほとんどで、お客さまに直接ものを売る経験のなかった工場。
ですが、ものは試しと数年前にオリジナル商品にチャレンジしてみることに。
札幌在住のグラフィックデザイナー川尻竜一さんに多大なご協力をいただき、作ったのは自社でできる加工とこだわりを詰め込んだポストカード。
鮭をくわえた木彫りの熊をモチーフにしたインパクト抜群の商品ができあがりました。
まだまだ、どうお客さまに届ければ良いのか試行錯誤の日々ですが、イベント出展のお誘いや、市が定める札幌らしいものづくりをしている製品におくられる「札幌スタイル」の認証をいただくなど、少しずつ活動の場を広げています。

その商品作りがきっかけで、突き抜けた設備や技術が無くても、今あるものを今までにない視点で組み合わせることの楽しさを学びました。
特別なものを作りたいという要望にも、工夫とアイディア次第で面白い表現で回答できる可能性が見えました。
そうして、決まった仕様をトラブルなく作業する今までの仕事だけではなく、このコンセプトを現実の加工に落とし込むには・・・と考える仕事も増えました。
それだけで事業が劇的に変わった訳ではありませんが、私にとっては大きな変化です。
実際にお手伝いした案件が海外のデザイン賞を受賞したときは、今まで世に出ることのなかった裏方の下請加工会社の世界が広がった瞬間でした。
とはいえ、私が東京からUターンで戻ってきた時には、そんなことになるなど夢にも思える状況ではありませんでした。
東京では映像制作など情報量の多いクリエイティブな業界で働いていたこともあり、それに比べると地味な工場で単価の安い作業が延々と続く毎日。
目の前の仕事にも紙にも面白さを見出せず、将来を悲観して途方に暮れていました。
そんな時に一冊の本と出会い、もう少し紙の魅力を信じたいと思うことに。
その本の一節にはこうありました。
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紙が繊細なのではない。紙が揺り起こす人の感覚こそ繊細である。
白く張りのある紙の質は人に作用し、ごくわずかな差異すらも決して見逃さない極めて微細な感覚を目覚めさせ育んだ。
「SUBTLE」(サトル|かすかな、ほんのわずかの) (編)竹尾
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無印良品の仕事などで知られる日本を代表するトップデザイナーのひとり、原研哉さんの言葉です。
雷に打たれたような衝撃でした。
紙と人が永年ともに歩み、磨いてきた知性や感性の凄さを知り畏敬の念を抱きました。
ですが、なぜか自分とは関係ない遠い世界のこととは思いませんでした。
子どものころに感じたふわふわの新雪に足跡をつける時の取り返しのつかなさと緊張感を思い出し、紙と雪の共通点を感じました。
高尚な言葉とも思いましたが、北海道で生まれ育った感覚が紙の感性を自然に受け止められたのだと思います。
そこから紙の魅力とはなんだろうかと考え、失敗しながらも外に向かって挑戦をするようになりました。
工場にも今までにないことに協力してもらい、一歩進んで二歩下がるような日々。
社長をはじめ従業員たちから「あいつは何を訳のわからんことをやっているんだ・・・」と思われながらも、ありがたいことになんとか見守られながら続けられています。
最近では「北紙道(ほっかみどう)」という、北海道の印刷会社4社で作るチームを立ち上げるなど、紙と印刷加工の魅力をさらに広げ、北海道の“紙もの”文化を盛り上げるような活動にも取り組みはじめました。
北海道で紙に携わり、発信することの意味を考える良いきっかけとなっています。
まだ準備中ですが、2022年8月末に紙の魅力を体験できる個展も計画中です。

きっとこれを読んでいるみなさんもそうだと思いますが、特にここ数年は毎日大変なことだらけです。不自由や悲しい別れもありました。
さらに今年の記録的な大雪のように目の前がホワイトアウトして、安全がおびやかされることも多いです。特に石狩は。
それでも、自分たちの感覚、感性を信じて、雪がやめばまっさらな新雪に足跡をつけ、ゆっくり一歩ずつ進んでいければと思っています。
くれぐれも遭難しないように注意しながら。
そうそう、最後に私の一番好きな紙をご紹介させてください。
雪のような白さと、ふわっとした手触りから名付けられた「スノーブル-FS」という紙です。
名前もコンセプトも加工の使い勝手も素敵で気に入っています。
何より北海道で仕事をしていることの意味すら感じてしまいます。
紙をきっかけに自分の新しい一面を発見する。
紙の魅力を楽しむということは、その紙に揺り起こされた自分自身の感覚を楽しむ、ということなのかもしれません。
このエッセイがあなたの身近にある紙の魅力を楽しむきっかけになれば幸いです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
( 絵 / Midori Kambara )