私が、札幌で器を作る理由(わけ)。



黒羽じゅん(くろは じゅん)


磁器染付け作家


東京生まれ、札幌育ち。

武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン科卒業後、

京都の山科団地と長崎の波佐見焼の窯元に就職しながら伝統産業の窯業に携わる。

その波佐見焼での就業を通して磁器食器に魅了され、故郷の札幌で染付け磁器作家として活動することを目指して帰郷、現在に至る。


これまでの主な賞歴

日本クラフト展入選

六花亭・使ってみたい北の器展入選

OMOTENASHI NIPPON2016受賞

札幌スタイル認証受証(現在継続中)





小学校の頃の夢は画家でした。


それほど上手ではないのになぜか絵を描くことに魅了され、高校に入る頃には、デザイン雑誌、美術雑誌とマンガばかり読み耽り、色や線を使って人に伝えることができる「絵」の虜になっていて、気がつけば、「描くこと」が自分の世界の全てになっていました。


美術大学に進学すると、「美術系なら何でもお好きに」という環境になり、そこで器製作にのめり込むことになります。それまで陶芸家になろうと思ったことは一度もなかったのですが、小さい頃から器に描いてある絵に興味を持っていたのでそのせいかも知れません。


だって、食事をする道具と絵が融合するなんて、とてもステキなことだと思いませんか!


そのステキな仕事を、なんとか札幌で始めたのはいいのですが、当然いろいろな壁にぶつかりました。その壁の一つは「自分の作る食器は社会性があるか?」という問いへの答えです。


私の考える食器の社会性とは、その食器が社会に必要とされているものかということです。少しかみ砕くと、自己満足にすぎない趣味的なものでなく、例えば、私の暮らすこの北海道・札幌はもちろん、手に取ってくれる誰かになくてはならないものとなっているかという問いになります。

「作りたい、作りたい」という思いだけで作業を続けてきた私にとって、この問いを始めて、急に足元が揺らぎ出しました。





冒頭でも少し触れましたが、私は大して上手くもないのに、気持ちのどこかで自分の表現力は人に何かを伝えることができるのだ、という奢りを持っていたと思うのです。

そんな勝手な思い込みでも、趣味でやるにはそれで構わないでしょうし、芸術家であれば生活や周囲のことも考えず、どんどんやればいいのかもしれませんが、私は人が使う道具を作っていて、それを人に使って欲しいと思っています。

そうであれば、相手のことを考えるというあたりまえの社会性なしで、素敵な器を作れるでしょうか。

そういうことに気付いてしまったのです。


しかしながら遅ればせながら、このことに気付けたのは幸運でした。気づかないままでいたらそのうち限界が来て、今はもう作品を生み出すことができていなかったかも知れません。


ただ、気づけたと言っても、その時点では具体的な答えは全く思い浮かびませんでした。そこで、まずは自分の「作りたい、作りたい」衝動の原点を掘り下げてみることにしました。


どうして器なのか?

器でなければいけないのか?

絵を描きたいのなら、キャンバスでもいいのではないか・・・。


これらの問いの答えを求め続け、自分なりに納得のいくものが出てくるまでにはとても長い時間がかかりました。そしてそれはとてもとても辛い作業でした。なかなか言葉にできないのです。


器に絵を描くのは可愛いから?

いやいや、それだけではない。


私にとっては、そこがとても大切なことなのに、客観的な説明ができず、悩み続けました。


私が磁器染付を器の素材として選んだのは、その色、その質感、その美しさ、その全てが、故郷札幌の白い街のイメージと寸分も違わず、合致するものだったからです。


磁器は、とても白く、そして、とても美しいです。

そこに薄青の呉須(ゴス:器用の絵の具)で淡く雪景色を描けば、それはもう札幌の澄んだ冬の空気そのもの。札幌育ちの私からすると、札幌のイメージにこれほどぴったりな素材はありません。この磁器や呉須に巡り合えたことは私にとって本当に幸運でした。

私は、自然と地元への愛着という温かみを素材に託しました。


そしてその素材の力を後押しに、小さいころから器の絵柄に感じていた「期待」のようなものを具体化しているのです。






幼い頃、私は家族と囲む食卓が楽しくなかった。

それを、器の中に描かれたイラストに癒しを求めていたということに、こんなに年月が経ってから気が付きました。


楽しく食事がしたい。

誰かと楽しい話をしながら、幸せな気持ちで食事がしたい。


そのために私は器に絵付けをすることを、無意識のうちに仕事として選んでいたのです。


「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものです。

良い仕事をしたいと思い立ち、考え続けた結果、幼少期の原体験まで遡ることになってしまいました。


私を育んでくれたこの札幌で作っているからこそ、私は自分の足で立ち、しっかりと根をはって、今の作品たちを作れているのかも知れません。

いえ、もうそのことに気付いた私は、どこに行っても器を作ることができると思います。


札幌を感じる、染付け磁器の食器。

料理のためだけではなく、人のため。

この器でお食事をする人と会話ができるくらいの心優しい器が、私の理想の食器です。




( 絵 / Midori Kambara )



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